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2017年6月20日 (火)

ブカシのGedung Juangと日本

ブカシのTambun通りにインドネシア独立戦の遺産の建物が残っている。

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これについてはこのブログで「http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/gedungjuang45-0.html」として紹介したが、ウイキペデイアに日本占領時代の事が少し書かれている。。。。
1943年になって日本軍がやってきて、この建物を占領し 行政本部の施設として使用した。その後日本敗戦の時ブカシ地区はここから汽車を使ってスバンのカリジャティ経由引き上げようとしたが、インドネシアの青年団はレールを曲げ列車が転覆をはかった。
多くの日本軍は武器を商品倉庫にかくして残して来たので丸腰であった。そこでどのような悲惨なことが起こったかは記載がなかったが、累々の死体はブカシの川に投げられ捨てられたそうである。
その後は連合軍との戦いでインドネシアの司令本部となり色々な施設として利用され今日に至っている。

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