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2017年6月27日 (火)

遅すぎる降伏 沖縄とモロタイ

6月23日は沖縄慰霊の日で、1945年のこの日、日本軍の沖縄戦の組織的戦闘が終結した日ですがこの沖縄戦でなくなった戦没者数は24万人と、広島を上回る数なのである。圧倒的な戦力の前に一時の時間稼ぎに24万人が亡くなったこの悲劇こそ、米軍が落とした原爆よりも悔恨の意を注ぐべきではないでしょうか。 やみくもに憲法を変えたいというのなら政権はまず沖縄の基地問題は自分の出身地で引き受けると言うべきでしょう。

Monumen_teuro_nakamura_wisata_morot
インドネシアにおける組織的戦闘終了はモロタイ島である。中村さんという日本兵(台湾出身)が戦後30年で発見された土地で米軍との組織的戦闘が行われた土地であることは、今はインドネシアに居る日本人ですら知られていない。1944年8月ごろには米軍はフイリピン反抗作戦に着手しこの一帯には米国機動部隊の航空爆撃を行いモロタイ島にはその航空基地作りの為上陸、日本軍は中隊規模で圧倒された後、ハルマヘラの大隊クラスで逆上陸を行ったりその戦闘は45年6月末まで続いた戦闘である。投入兵は最初の駐屯兵500名、ハルマヘラから2,000名強、1700名強が亡くなった、対する米軍は投入57,000、降伏を知らない日本軍である。
島には中村さんの銅像が建てられている。よく見るとインドネシア語で書かれており、耐えられずに現地政府が建てたようである。


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