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2017年6月23日 (金)

蘭印の設計家シュマケル兄弟

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大分前に「Jiwasrayaの源流 OLVEH」として紹介したOLVEH記念館でこの5月にOLVEH展が開かれ、それについて本間女史が「オランダ領東インド時代の奇才シュマケルの現代的商品価値」と言う小論文を書かれていたのを目にした。

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この建物の設計家は蘭領時代の設計家シュマケルであるが、シュマケルは弟もおり、この展示会のポスターに兄弟で写真が出ており、またこの建物を引き継ぎ保有している国営生保JiwasrayaのホームペイジにもSchoemaker 兄弟,つまりC.P. Wolff Schoemaker (CHARLES PROSPER (C.P.) WOLF SCHOEMAKER)と L.A. Schoemaker (Richard Leonard Arnold Schoemaker)と出ている。読み方に英語風ではシューメーカーだしドイツ読みではシューマッヒャーと自信がなかったので今ブログにするわけである。弟のRichard (1886~1942)は確かにバンドンのTHB(現ITB)で建築の教鞭をとったりしているが、その前に彼は軍のアカデミーで尉官でありフェンシングのオリンピックの選手であったりの伝記が有名だ。アカデミーの後デルフトで建築学を5年履修の所アカデミー卒であるので2年で卒業し蘭印に赴任した。THBは1920年から1924年であるが、その後本部のデルフトの学部長として迎えられITB職はWolfに任した。本国ではドイツの戦雲急で彼は軍籍復帰し地下活動する中で、最後はドイツ軍に逮捕され翌日キャンプで銃殺されている。

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今インドネシアに残る彼らの遺産は圧倒的に兄(1882~1949)のCP. Wolff Schoemakerの方が多くなる。
シュマケル兄弟の合作をあと一つ紹介するとそれはバンドンJl.Acheにある師団司令本部(Makodam)である。Makodamが取る前は蘭印軍最高司令官の公邸で、豪壮な構えの宮殿作りであった。

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