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2017年7月25日 (火)

Dhanapala 会館はスリランカ?

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財務省のコンプレックスの中にちょっと由緒ありそうなファーサードの建物があり、名前はGedung Dhanapalaという。Dhanpalaとは何ぞやとネットを引くと殆どがスリランカの外交官*の名前だけが出てくる。まあかろうじてこのサンスクリットの意味が'munificence‘寛大と言うことが解った。もっと深い意味があるようで寛容、不関与、自由というとすれば、少し問題もある。何故ならここでは色んな儀式なども行なわれるが外部には結婚式場として使用されている。自由で喜ぶのは男とすればの話である。財務省のサイトでこの写真のビルの1~2階部分がそうかと思ったがそれは間違いで、これは本省のジュアンダビルI及びIIで、Wahidin通りの角から撮った風景である。

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Genung Danapalaはこうした高層ビルでなくBalai(会館)としてグスドゥルの時代2001年に建てられたこちらの写真の方であった。ここで左に見えるのがジュアンダビルI&II、そして右手に見えるのは予算総局が入っているGedung Sutikno Slamatである。

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住所はSenen Raya No.1故 Wahidinからでなく専用の入り口・出口を持っているようだ。Senen側から撮った写真がこちらである。

*1938年生まれ、スリランカの外交官で、国連職員。2006年現在は軍縮問題担当の事務次長を務めている。2007年からは、パグウォッシュ会議の会長[1

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