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2017年7月13日 (木)

ニコライの鐘

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お茶の水のニコライ堂のそばを2~3度通ることがあり、門が開いてるままに入ってお祈りをして来た。ニコライ堂と言えば藤山一郎唄のニコライの鐘が思い出される。小関裕而作曲で昭和26年だったがなぜかよく歌った頃がある。恋に破れた乙女が祈ると言うのであまり時代背景はないが強いて言えば復興したモダーンな生活でも歌ったのであろうか。
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この教会は正式には東京復活大聖堂という。東京の復活でなくこの聖堂の再建の事だろうか、このロシア正教とも言われる教会はロシアからの司祭(後の大主教)が明治24年にコンドル他の設計で建築なったが関東大震災で崩壊したのでその後6年をかけて復興させたというからだ。 

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しかし貰った栞にハリトリス(イエスキリストのギリシャ読み)の復活と言う字が出てきたのでこの意味だと思い返した。古くはBC395年ローマ帝国が東西に分離した時からキリスト教も東西に分離が進み完全に分裂したのは1054年でこの東部のキリスト教を東方教会或いはギリシャ正教と言い各地に信仰が広がって行いった。このキリストから始まる同じ教えを総じて正教会といい、ロシア正教はロシアの正教会であって分派ではないそうだ。従いこの教会は日本正教会になる。 この豪壮な建築はビザンチン様式で1962年に日本の重要文化財になっており、ニコライ司祭も布教を続け1912年に75歳に亡くなり谷中の墓地に埋葬されている。栞にはあと、この聖堂にある聖人や聖書の中の場面が描かれた絵画(イコン)が飾ってありこれを天国の窓と呼んでイコンを通じて神と聖人に祈るということが書かれている。
未曾有の災害に見舞われた朝倉・日田地区にもようやく太陽が注ぐようになった。心からお見舞いをもうしあげたいと思います。

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