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2017年8月29日 (火)

ダンデルス宮殿の所有者


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オランダ人がこの地に目を付けたのは1650年代であるが最初の所有者はAnthonij Paviljoenである。その死後中国人に賃貸させ砂糖の栽培などが行われ、1697年に所有権はCornelis Chasteleinに渡り、その息子Anthonij Chastelijnの未亡人Anna De HaanはJohan Francois de Witte van Schootenと再婚しその後Justinus Vinckに売却し更にモッセル総督(1750-1761)に売却しMosselの後次の総督Petrus Albertus van der Parra(1761-1775)から更にPieter Gerardus van Overstratenに渡ったが彼の資金手当ての借り入れから名義は植民政府に移り、宮殿を建設する話となったものである。

1808年にダーンデルス総督が赴任したころはウェルトフレーデンカントリーハウスは崩壊しつつあり、彼はボゴール宮殿に住みながらこの地、既に植民政府軍のパレード訓練地とした現在のラパンガンバンテンの奥の広場に宮殿建設を命じた。問題もあり完成は1828年du Bus de Ghisignies総督の時であった。彼は宮殿としては使用せず財務省などの政府の機関が使用した。

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インドネシアの独立以降には新しいビルが4つ~6つほど立ったがダンデルス本館の所有者の変遷は以上のようであった。

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