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2017年8月 2日 (水)

続 スヨノとスポノ


昨日のブログでスポノについては何も書いてなかったが、小生のブログでは既に登場していた。
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それは「ガルーダの誕生秘話のスポノ」というもので1984迄16年ほど長くガルーダの社長であったがそれより先、ガルーダの誕生となった最初の飛行機はダコタ機であるがこの飛行機の引取は彼が飛行士として行ったことを紹介している。そうするとスヨノの説明も物足りないので探してみると1948年のオランダの第2次侵攻の時、スカルノハッタはジョクジャでオランダ軍に拘束されたがこれがあることを見通して緊急政権(Pemerintah Darurat PDRI)を組成して1949年ブキットティンギで宣言させたのである。その首長はSyafruddin Prawiranegaraであり、このスヨノは空軍の参謀長であった。このPDRIの軍はスディルマンを国軍司令官に、スマトラ軍はヒダヤット将軍を前面に、そしてスヨノ達による空軍のラジオ放送で未だインドネシアは健在なりと知らしめた訳である。ニューデリーとシンガポールが国連交渉を仲介し又スヨノとスポノは海外より資金援助を働きかけた。

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