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2017年9月13日 (水)

Balai Kota Surabaya

ジャカルタ市内のホテル・ヘルミテージを訪ねた時近くに東ジャワ州の代表ジャカルタ事務所があった。
Gedungjatim
この時Googleを何度か捜策することがあったが、なかなかこの事務所の写真が出なく、代わりに出たのがスラバヤの州議会と夜景の建物の二つである。スラバヤの州議会は既にブログにしていたのですぐわかったがピンとかなかったのが夜景の建物である。
Baliakota4
その建物にはxx政府とスラバヤの字しか見えなかったからである。そして今回それはスラバヤの鳥居の所在地探しの際に出会うことが出来、それは市庁舎 Balai Kota Surabayaなることが解った。州ではなく市の役所であった。その古写真などは昨日のブログにも挙げた通り、Genung GrahadiのKalimas越えのKetabang地区にある。オランダはこのスラバヤ地区は東部ジャワとして地区Residenanで納めてきたが1906年に地方自治都市Gementeとして認め1916年から市長を置いた。2代目の市長Dickerman時代に市役所を建設することを決定、植民政府の技術部、設計家  G.C.Citroenを使用し1923年に完成させた。もうすぐ百年、蘭日RIの3代に仕えたものである。


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