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2017年10月 6日 (金)

バラムリとトゥムブラカ

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先般カリバタ英雄墓地に北スラウエシのジャカルタ出先の代表一行がお墓参りに行ったニュースがあった。お墓参り団は北スラウエシ州副長官Kandouw-Tanosの奥さんでdr Kartika Deviであったが、小生の頭にあった名前は頭書の二人である。特にバラムリ氏(Arnold Achmad Baramuli)はハビビ大統領時代の国家最高諮問機関DPAの長であり
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化学品関連の実業家(POLEKOグループ)でもあった。北スラウエシのの長になったは弱冠29歳の時であり、以降DPR/MPR議員、ゴルカール幹部、KADINなど或いは政府内務・商業省関連或いは1993年から98年迄Komnas-HAMの長も務めている。2006年没。
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つい最近まで、スディルマン通りのBlora辺りにPOLEKOの看板ビルあったが、いつの間にかHOTEL Clayというホテルに変わっていた。
トゥムブラカ氏(Fri ts Johannes Tumbelaka)はバラムリ氏の後の1962年からの州長官で、彼はPermestaの反乱事件の調停やダルルイスラムの反乱の制圧等で重要な役割で巻き込まれていた。1983年ガトットスブロト病院で病没していた。

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