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2017年10月13日 (金)

コンコルディアの所在地

Collectie_tropenmuseum_de_militaire

Jakarta.go.idのエンサイクロペディアは使えると思いコンコルデイアと言うのを試しに引いてみた。
それによるとそれはバタヴィアの上流層の社会クラブでウオーターループレインにあった軍人クラブで、ボッシュ総督の時代(西見注1830/3)である、その昔の1809頃はパレード広場と言われたその広場の東端のコーフイー店で軍人用であった。ダンデルス宮殿の建設の為、政府の援助もあり同じウオーターループレインの南東端に場所(西見注:ダンダルス宮殿の敷地に重なるのをずらしたのか)を得て1833年一般も入れるクラブとして建設したのである。しかしいまだ簡素なものであったので拡張は続き1936年に公開、その後も拡張は続き内部はギリシャ風のホールも出来、2ケ月に1回、ダンスフェスティバルが開かれた。それは1890年迄続いたが、この説明文は、ガスライト、鏡、大理石、クリスタル燭台など飾りや当時のクラシックなどの音楽について長々触れ最後は1890から一挙に “この建物は財務所の事務所になる前はDPRの中央事務所であったこともある。”で終わっている。この所在地については小生は一度現在の新財務省のコンプレックスの中だと完全に勘違いしていたがこのエンサイクロペディアでも明確でなく上記文章中注をいれて、小生はこの場所はダンデルス宮殿のコンプレックスの中のマラミスIIという場所であるfことに確信を持っている。

00concordia_map

それは多分1916年頃のバタビア地図に表示されたものを探し出したからである。 探し始めて10年が過ぎた。
しかしTropenの写真では大きすぎてまた不安になる。


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