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2017年12月25日 (月)

マンガブサールの中心地


マンガブサールは我々の時代はコタの中心地であったが今でもそうなのだろうか 80年がらみは繊維が産業の花でここが発信地だった気がする。合弁のパートナーもここが本拠地であったので以前探したことがある。北のパンゲラン・ジャヤカルタ辺りからこの地域に入ってリンデテヴェスまで探して回ったが解らぬままマンガブサール・ラヤの大通りに出て来た。
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この通りはハヤムウルック通りと東のグヌン・サハリ通りをつなぐコタ横断道路になるが、この道の北・南に同じマンガ・ブサールを冠した道路が彼方此方にあるようだ。これを解りやすく頭にプロットしようと思ったがそう簡単ではない。
通常小生がここで扱う地域の話題ではその地域は町村レベル或いは郡レベルであるが、このマンガブサールは6つの町村(郵便番号帯でも6つ)にまたがり、上位の郡で言っても2郡にまたがっている。
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その中心の道路がマンガブサール大通りであるが、真ん中辺りに北から南へと鉄道が走っており、そこにMANGGA BESAR 駅がある。その鉄道の西側がTAMAN SARI郡でその中に11150 TAMAN SARI町、11160 MAPHAR町、11170 TANGKI町、11180 MANGA BESAR町がある。東側がSAWA BESAR郡で 郵便番号10730 MANGGA DUA SELATAN町と 10740 KARANG ANYAR町がある。大通りを南北で見ると以上の6町の内、北にあるのは11180 MANGGA BESAR町と11170 TANGKI町及び10730 MANGGA DUA SELATANがある。南の10740 KARANG ANYARの町内にはMANGGA BESARの名前の付いた道路はないが、あの大道路の南側のみがその南の街に属するのだろうか。それを入れてこの6つの町の中をMANGGA BESAR XXと言うような道が走っているのである。ところがジャカルタは州であるのでその下は東西南北など6つの市に分けてあるが、なんとこのTAMAN SARI郡は西ジャカルタ市になり SAWAH BESAR郡は中央ジャカルタ市に帰属するのである。
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TAMAN SARIは前回のTAMBORA郡と隣り合っているがこれらはジャカルタど真ん中にあるの西ジャカルタと言うから理解を妨げるのだろう。幾ら詳しく見ても解らないだろうが、やはり中心はGLODOK・LINDETEVESの裏側のMANGGA BESAR町となるのであろう。

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