« いつの間にTrans Studio | トップページ | Santa Clause coming but St. Ahok still in jail »

2017年12月15日 (金)

北京城と地下鉄

150年前の北京訪問記を読むことがあったが、それを北京街区の全体像で要約すると北京は皇帝の街、韃靼人の街、漢人の街の三つの町に区分されており、この三つの街は巨大な塔と城門を備えた高い城壁で互いに隔てられその全体を全長52kmの城壁が取り囲んでいる。

1

というもので城壁をあまり認識してなかったので現在の城壁はどうなっているのかが気になった。まずは北京城であるが真ん中に紫禁城があり、これには4つの城門があり、それを取り囲むのが皇城でここの城壁には8つの門があり更にその外側を問題の内城が囲むが其処に9門あり、更にその南接する外城にも7つある。従いこの北京城全体は内城、外城合計16問が囲むことになる。
1200pxbeijingsubwayplan
ここを現在は地下鉄2号線が走って環状線を構成している。内外の接した線は地下鉄1号線の東西線?でここは内城の門を外城に2門が挟む(交差)する形で並ぶことになる。この地下鉄は1950年代にソ連の力を借りたりで着手したので、この時北京城の全ての城壁、城門、城塞は紫禁城を除き全て取り壊され、
Imgp17101024x683namaboojptopics_wal

残っているのは環状線南中央の正陽門(前門とも)及び北西の徳勝門だけ及び北京駅近くの角楼(写真はnama.booより無断借用)だけらしい。地下鉄の駅名としては11個程残されているが、失政のお詫びのようだ。 1号線の真ん中あたりにある天安門は内部の皇城門の正面入り口であったものである。 古い1990年の絵葉書があったが使うと断捨離と思われ突き返されるリスクがあるので2枚ほどスキャン市後捨てたが、この地図には駅が三つ程あるものの今の路線図とは乖離している。今の路線図は19路線、400駅、1日利用客12百万人というから驚異的である。 よく見ると3号線は未だなく調べると建設中時代だったのかも知れない。(東京は13路線285駅、銀座線が1927年) 1号線の内城東西にある復興門、建国門は1939年侵略の日本軍が交通の為城壁に穴をあけて作ったものだと言う。こういう歴史の残し方は賢明である。わざわざ作ることはない。
ここで言う韃靼人とは漢人と対比するとモンゴールの一部満州人=女真人(=清の支配民族)だろうか しかしこの北京城自体は明の時代モンゴールの侵略の為作られたものである。清が作ったものではないのでトランプを案内したものである。


|

« いつの間にTrans Studio | トップページ | Santa Clause coming but St. Ahok still in jail »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« いつの間にTrans Studio | トップページ | Santa Clause coming but St. Ahok still in jail »