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2018年1月26日 (金)

ノバント万華鏡 Novanto Kaledoskop

昨日のジャワ・ポスのKuswandiさんがインドネシア「2017年の万華鏡」と言うのを書いている。「新年の喜びは終わった。 2018年の最初の月に入ったが、人々にとって2017年スポットライトを浴びたストーリーから卒業できる訳ではなく、元ゴルカル党総裁で国会議長であるセチャ・ノヴァントの長い旅路の話は続くのである。」から始まる彼の半生の悪事の数々が書かれており、彼だけの万華鏡であった。
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ゴルカール党党首のノヴァントの話はほぼ毎日インドネシアのメディアを賑わし年間で82,787件のニュースに達したそうで、逃げ回った果ての偽装交通事故迄起して今裁判を待つ獄中にいる。今年だけの汚職の金額は3兆ルピア、そして今までなんと7指にもなる汚職の歴史にまみれている。汚職事件はありふれており、あまり関係ないと目をつぶってきた汚職事件であるが彼の半生から学んでおこう。
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当初、1997年に事件が起こったとき、バンクバリの社長のRudy Ramliは、BDNI、National Commercial Bank、Bank Mutiaraの3つの銀行に合計3兆ルピアの債権を持ち回収に困っていた。この解決のため、バンク・バリは、Djoko S Tjandraと妻Astrianiが所有するPT Era Giat Primaを採用した。 あと短く言うと、1999年1月、バンクバリとPTエラは債権譲渡協定を締結しその後、インドネシア銀行は9,500億ルピアを支出した。しかし、その資金からは、バンク・バリは3,590億ルピアしか受け取らなかった。あとでバンクバリはPTエラに5,000億ルピアの資金を移した後、このスキャンダルが明らかになった。
検事総長は、Djoko Tjandraを捜査し、その後、彼とBI総裁のSachril Sabirinを容疑者として認定し、両者とも有罪判決を受け、それぞれ2年の判決を下した。
しかし、検事総長が2003年6月18日に秘密裏に捜査停止令状(SP3)を発行したため、ノヴァントはこの事件に関連して起訴状に記載されているにもかかわらず、訴訟を免れた。
これだけの記載しかないが、汚職の報道は常に文章上明確を欠いて更に続きやバックは省略されその上間違いも有ったりでどこが本当の不正だったのか不明である。(Djokoも無罪になったり、又再度有罪になったりした挙句国外逃走しているが、イ政府は逃走先国との間に何かアンタッチの協定をしたような。。。)従い詳細は記載も難しいので以降も事件名、関係者、金額程度容赦願いたい。 
2つ目はベトナム砂糖の密輸入で6万トンの内900トンのみしか関税等を納付しなかった問題に絡んでいる。捜査はされたがこれも放免された。
3つ目は彼の会社がシンガポールからのラジウムなどの有毒廃棄物を輸入しバタムで廃棄したという2006年の事件であったが、彼は2003年に辞任していたという事で逃げたが実際は代わりにAstrianiが署名しており逃げられるものではなかったというものである。
5つ目 トランプ大統領選で国会議長の立場でトランプを応援した倫理違反で叱責だけで乗り越えた。
6つ目 Freeport株譲渡で譲渡先に正副大統領名を入れようとした廉(Papa Minta Saham事件とでも?)で最終議長を辞任、その後党総裁選で勝ち、復帰を果たす
7つ目 2017年7月、民主党M Nazaruddin元財務相がかかわるe-KTP事件で容疑者の嫌疑があったが事前審査を要求し、これが容れられ調査は中止された。
KPKはこれにあきらめず事業家Narogongと共謀汚職反として固め協力的でないノバントを拘束するため11月自宅に向かったがノバントは既に逃走、翌日交通事故を起こし入院の報が入ったが、結局正式拘束後裁判中であると言うことのようだ。 ジャカルタで地震があった時は丁度取り調べ中であった。写真はGoogleに見るゴルカール党の本部とKPK本部

12/9  電子KTP導入めぐる汚職容疑で拘留中の国会議長が辞任。

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