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2018年2月23日 (金)

観音様とマリア様

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マンガブサールからガンダーラ迄来たが、この観音菩薩はマリア様に例えられたりで、二つの宗教間の影響の与え合いの歴史がある。ガンダーラはアフガンの東・パキスタンの北の地区でパンジャブ地方やペシャワール渓谷が中心で仏教の中継地であった。紀元前327年にはアレキサンダー大王により短期に征服されたがそのあとのチャンドラグプタの孫アショーカ王は熱心な仏教徒となり、多くの仏塔を建立したりギリシャ地方にまで仏教の布教も行なったとか仏教とキリスト教との交流史の中で有名である。紀元前140年頃のギリシャ人のメナンドロス1世も仏教徒となり、「ミリンダ王の問い」と言う仏教典が遺されている。

その後もクシャーナ朝のカニシカ王(在位:128年 - 151年)統治下にガンダーラ美術は繁栄した後、450年頃、ヒンズーのエフタルが侵入、その後サーサーン朝時代、7世紀にはテュルク系民族によって支配され、ふたたび仏教が広まったが最後はイスラム勢力により支配されガンダーラの名は忘れられていった。
釈迦牟尼が悟りを開いたのはイエスキリストより500年前の原始キリスト教時代である。マリア様の懐妊やイエスの生涯には仏陀の生涯の影響がみられるとされており、あるいは江戸時代の日本でのカトリック教禁止の中、観音様(宋-明の時代に女神化)を祈ってひそかにマリア様を祈った話にも共通する。

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それよりずっと前の膝上に赤子を抱いたハーリティー像(鬼子母神)とマリア様との類似性があり、描かれた衣装はギリシャのヘレニズム風である。又仏陀の像は当初は描かれることは忌諱されていたが、ギリシャの影響からクシャーナ朝時代にはいろんな仏像が花開いた。この時代ギリシャ・ペルシャ・インドの混合したガンダーラ美術の時代である。

ジャカルタの仏教とカトリック教の混淆にみえるサンタマリアファチマ教会

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