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2018年5月16日 (水)

Gedung Swarhaは保存建物か

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カリブサールのPT. Skahaで名前が似ているとして挙げたバンドンのGedung SwarhaはなんとTokyoと関係していることが解った。この建物は一寸惹かれる点もあり、ずいぶん前にバンドンに行った時バンドン駅からホテル・サボイに向かう際に見掛け写真を撮っていたので記憶にあったものだ。

00swarha_bandung_aug08_092
そこはサボイホテルからアジアアフリカ通りを西に向かって数分強歩くと大きなモスクの二つの塔のあるアルンアルンに出るがその北詰めにある。その昔、ホテルであった時代アジアアフリカ会議の指定ホテルとして使われたが、今や1回だけが商店になっている程度のようだ。Tokyoと言うのは日本占領前のオランダ時代なのか、Mooibandoeng.comが掲げた古写真で正面の大きな店である。
Swarha_131892
説明ではこの写真は1923年のウイルへルミナ女王の25年周記念祭の時で、衣料品や食料品を売っている店であるが1914年に建てられたが1940年代、多分バンドン火の海事件でなくなったのだろうとしている。その後独立後に多分アラブ出身の人がその名前を付けて建てたとしている。この広場の西の部分はアラブ人の居住が多かったそうだ。設計は有名なオランダ人のWolff Schoemakerという話もあるがMooebnungさんは否定的で小生もその名前は発見できてない。

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