« BMWはPersijaの為JISに | トップページ | ヘダ物語の清涼感 »

2018年5月14日 (月)

見つけたイスラム青年運動根城 GPI=FSI=FPI

SonyのExperiaで取った写真で分類しそこなって取った場所が不明なものがあった。写真を拡大し場所を表す文字を探したり周りの風景で探したりした結果探し当てたのがMenten Rayaのここを取った写真であった。
00gpii_201704021015dsc_000001
手前に大きくMasjid Al Fataa YAKPIとあったがこれでは不明、奥にGPIIとかあったがこれも不明、結局フラワボードに書かれた言葉「Pelantikan GPII Se-Jakrta Raya」とその日付でその関連ニュースをあぶり出し偶々ニュースに場所が書かれていたので次はGoogle Mapで場所を確認し、
00gpii_menten
最後はマイアルバムで同じ場所を2007年に撮っていた写真を発見することが出来たのである。2007年では何でもない所だったのであるが、この問題の写真を撮った2017年4月10日は丁度ジャカルタ都知事選挙の前で現職華人のアホック知事の失言からイスラム冒瀆をあおっていた時代であるが、ここで選挙キャンペーンの行事を行ったのであろう、それがフラワーボードの言葉であった。この隣はイスラム過激派で有名なFPIの施設である。GPIIはクリスチャンの組織に似たものがあるがこれはGerakan Pemuda Islamでイスラム青年運動である。どうも独立戦争時代からのものであるが、あの知事候補組は宗教を使って現職を追い込んでいったきらいがあった。
00fsi_google2018
Googleで隣の写真の横断幕を判読すると これはFPIでなく更に過激と思われるFSIであった。この横断幕をちゃんと読む気もないしアラビア語は解らないので解る単語を書き出すと Kami siap matiいつでも死んでやる tetes keingat dan darah mujahid sebagai benten akhirat 不滅の砦となる我が血と汗 tembak dan tenggelamkan 撃ちて溺死へ mengangkut orang cina 支那人を送れ となる。GPIが正当なるものであればそれを隠れ蓑にしたのか。。GPIは独立戦争のときは意味はあったであろうが。。
このブログは不明な写真の正体が分かった喜びが首題である。 分類失敗と言ったがこのExperiaでは問題があり何とかパソコンに移動できるSDファイルで撮っているのであるが、それでもカメラが勝手にSDとCに振り分け、そしてどちらも写真の一枚1枚が勝手に個別フォルダに入れられこれを1枚1枚開けないとなんであったか解らないので1枚1枚名前を付けて保存しなおしその後やっと地区別分類に正式保存できる。問題の写真は日時表示はあるが時間順でもなく出てくるのでそれでも直前を探すとディポネゴロの近くの写真で離れすぎであった。
それが放置の理由であった。

昨日はスラバヤの悲劇、お祈りをささげる。
人はなぜ生きるか :生きて学ぶ 学び生きる 生きることを学ぶ 考えさせられる毎日だ

|

« BMWはPersijaの為JISに | トップページ | ヘダ物語の清涼感 »

インドネシア政治・社会・経済の動き」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« BMWはPersijaの為JISに | トップページ | ヘダ物語の清涼感 »