« Jakarta City Hallでもオープンハウス | トップページ | MRTはどうなっている »

2018年6月22日 (金)

ジャカルタフェア100年

00ajiexpo_019
つい最近クマヨランのジャカルタフェアーで火事があった事が頭にあったが、それは今月初めの5日の事であり、丁度JFは開催中であったが、火事は会場から離れたJIEXPOの本部センタービルで半分を焼いたらしいことが解った。(写真は2006年と2009年)

00kota_nov06_098
今年のJFは5月24日に始まり7月1日に終了する。大昔はモナスのメダンムルデカで行われていたが、当時はぞろぞろ動いただけだったことを思い出す。モナス広場はオランダ時代はKonigspleinとかGambir広場とか言われていたが其処で1920年代から1939年本国がナチに占領される前までは毎年JFの前身とも言えるGambir Market(或いは Pasar Malam)と言うフェスチバルが行われていた。


00pasar_gambir

その頃の会場風景写真を又切り抜きで発見しその大がかりさに感心し又臨場感あふれる写真技術にも感心した。切り抜きの写真は汚れていたのでそのオリジナルを探したが、それはなく、オリジナルはアムスのTropenmusium保存されているが、切り抜きはそれがエラスムス文化センターで展示されていたものであった。当時人々は歩きながらKueh Krakを食べ、メリーゴーランドやFerris Wheelに興じ、又色々なゲームや競技会に参加し当時人気の中国美人芸人ミス・リブート(お墓はプラサスティにある)のコメディを楽しんだ。昔ドイツで移動遊園地キルメスがあったがそれも思い出した。独立後1953-54にPekan Rayaと言われた展示会をやったことがあるが今のJFはアリサディキンのイニシアティブで1968年に始まり今日まで51年間続いているのである。メダンムルデカからクマヨランに移ったのは1992年であった。

00ajiexpo_019


|

« Jakarta City Hallでもオープンハウス | トップページ | MRTはどうなっている »

インドネシア・ジャカルタ歴史今昔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Jakarta City Hallでもオープンハウス | トップページ | MRTはどうなっている »