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2018年6月 5日 (火)

マンガブサールのカトリック

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Bataviaの中国人のカトリックの普及をそれほど古くはないようでA. Heuken SJさんの著作では1889年にバンカから Kortnshorst St.がおいでになってからで1903年に100人ほどの信者になった。その頃はToko Tigaがその中心であったが 中国人の中学校もPrinsenlaan (Mangga Besar)通りに開校され、1950年頃Mangga Besarの(Kali Tangkilio沿い)に移って来た。この中学は現在のSMA Budi Muliaである。
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1956年にTorsebioと1967年にRajawali支部に分かれた。Mannga Besarに現在あるカトリックの教会はGereja St. Petrus & Paulusと言う名前であのロカサリ・ショッピング・モールに行く手前にある。それより手前にBala Keselamatan救世軍があり、向かい側にこの間、ブログにした阿弥陀如来の像のある仏教ビルAvalokitesvaraがある。
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google Mapではここも二つが交差しており、一つは建設中、一つは完成後の風景である。多分Googleのカメラマンがこの通りを昇って行った時と、下って来た時の時点が違うのであろう。

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どちらもMangga Besar添いにあるが昔は奥にあったに違いない。古い教会は1970年頃のようであるが、それほど立派ではない。


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