« 長い航海の土産ばなし | トップページ | 海運サムドラの今 »

2018年8月17日 (金)

マヌンガルあれこれ

00manunggal
丸紅が工業団地でパートナーにしたアルゴ・マヌンガルグループは70年代頃丸紅の繊維のパートナーであったダヤマヌンガル(或いはダルマ・マヌンガルだったか Damatexもあった)の縁かも知れない。

このJapek高速沿線の工業団地群はこのマヌンガルや隣のリッポーグループ或いはその先のシナールマスグループ、リムスーリョンなどに早くから目を付けられ着々と押さえて行ったようでマヌンガルは1983年以降である。その頃日系との合弁(クマテックスか)あって「ていねんきん」と言われていて中国名を固執していたが色が黒いのでHitam Tapi Cina(Hitachi黒いけどチナだよ)と揶揄されていた。今調べようとネットで引くが黒いチナは多くの他の人が引き受けたが、彼の名前は「低年金」としか出てこない。正式にはThe Ning(或いはNien) Kingと言うだけでインドネシア人らしい名前はもってない、Nat Kingだから黒くなったのではと思ってしまう。
00_mm2100
ネットで関連事項を書き出すと、1931年バンドン生まれ、ホッキアン2世、61年から繊維の商売に没頭、1977年綿ポリエスターのArgo Pantesを設立91年には上場を果たした。不動産はBekasi FajarでCibitungの土地2.500haの他
00alam_sutera
タンゲランの衛星都市アラム・スーテラ(未開拓地2,000haの内700ha Harjanto Tirtohadiguno氏の事業に参加? 07年上場)がある。Cibitungの土地は1989年丸紅と合弁で上場し開始、大成功を納めこの合弁の名前MM2100(メガロポリス・マヌンガル)が前面に踊っていたが後に裏の大物Fajarの独自の部分に10%保有で大和ハウスが参加してきた。繊維・不動産の他畜産プランテーション保険、鉱エネなど会社数で30~40(工場?)を持ち従業員も25,000人とか35,000人、売り上げも$700mil~ $1,200milの数字が躍っている。今はこのグループはアルゴ・マヌンガルグループと言い不動産大手10指である。グループトップのTheさんには2017年で87歳、7人のお子さんがいるが少ない上場資料では後継者など迫りきれない。彼はインドネシアTop 50 richestの一人であるがロー・プロファイル故上記記述もアバウトである。
00manunggal_cibitung_323
MM2100の中にある自社工場も名前の表示キャッチできず黒々としている。
尚Manunggalと言う言葉はインドネシア語辞典にある。原点は知らないが、統一されたと言う意味で国軍のモットーなどに言行一致、国民と共にと言うような場合に使われる。Argoは特急列車の名前に付けられているが本は多分ギリシャ神話(Mitos)などに出てくるのだろうか、男の名前として使われているようだ。


|

« 長い航海の土産ばなし | トップページ | 海運サムドラの今 »

現代企業・人物フーズフー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 長い航海の土産ばなし | トップページ | 海運サムドラの今 »