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2018年12月 3日 (月)

サワンガンバルーは今

いつ頃からかジャカルタでの行動範囲が非常に小さくなりジャカルタは中心地(或いは南北線と東西線のみ)とジャカルタ東部工業団地の行き来程度、時に南部はボゴール市に飛ぶ程度になっていた。と言うよりゴルフ場が市内のゴルフ場ばかりで東部のゴルフ場も西部のゴルフ場にも出かけるのがなくなったと言う方が近い。 
20181203_3
そして一番ご無沙汰したのがサワンガンゴルフ場で、ここは小生がインドネシアでの初めてプレーしたゴルフ場である。今やどこを通って行っていたかは詳細言えずポンドクチャベ飛行場(ゴルフ場)の横を通って下っっていったようだ。
サワンガンゴルフ場は昔サワンガンバルと言って、大人数のコンペなどよく利用したものだ。往復の距離と危険度から、その後は続々オープンするメンバーコースに移っていった。
20181203_2


近くにサワンガンラマと言う9ホールのものもあったが、それこそ40年もご無沙汰した話で、それが今名前がTalaga Golfになったのだろうか。その辺に5メートルの大蛇が生け捕りにされたニュースもあったがラマの方は多分住宅地になってしまって、もうないのであろう。
サワンガンバルはホテルも兼営し現存と思うが、WEB上での日本語の訪問記は2013年2月の

Sawangan Golf Hotel&Resort : Belly Dancer Reehaneは時々ジャカルタがあったのみ(?)であった。 
市内の安いゴルフ場は7ケ所も閉鎖・転用されてしまって、小生はゴルフ用具も断捨離したようなわけである。

写真もないのでGoogleから借用、まんざらではない。


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