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2019年2月22日 (金)

Singodimedjoと言う英雄


2018年の国家英雄の報道記事が昨年11月の英雄の日以来保存したままだった。その前の2017年も余り感銘を受ける人がなくブログにするのは2-3年ぶりとなる。序にジョコウィになってからの2014年から2018年までで英雄に叙勲したのは20人にもなる。聞いたことがありそうな名前は無理をすると8人ほどともなるが日本の国民栄誉賞ではないから平均寿命が延びるの従い種が尽きるのではと心配する。ちなみに今までの英雄叙勲は全て独立前に生まれた人で既に没している人である。

20190217
2018年で聞いた名前はカスマン・シンゴディメジョKasman Singodimedjoである。
やっぱり彼も日本占領期までさかのぼることになる。日本軍はイスラムを利用し統制するためムハマディアやナフダトールウラマなどの既存のイスラーム系諸団体を統合させたがその名前はマシュミと言い彼はムハマデイアのリ-ダーであった。又日本軍が作った義勇軍PETAのジャカルタ地区の大団長であった。
彼はマディウンの義勇軍反乱の審理に参加させられている。その後独立後1945-1950の間はKNIPの委員長Ketua Komite Nasional Indonesia Pusatを務め或いはインドネシア検事総長や法務副大臣となっている。
その後のマシュミはマシュミ党と言う政党となったが彼はムハマディアの重鎮として73歳で亡くなる1982年迄スハルトに批判的な姿勢で党の政策(Biro Hikmah)を導いた。
1980年総選挙法制定の際に,「請願26人グループ」の結成し民主化を求めたのもカスマン・シンゴディメジョであった。

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