« PunjabiのMDプロダクション | トップページ | Jakob Oetamaのコンパス »

2019年3月 8日 (金)

ラスナの高速変身

昨日はAkira BackのあるビルMDタワーをGoogle訪問しその途中久しぶりに見たRasuna Saidの変化にも驚くものがあった。とにかくジャカルタの変化は早い。日本に居ると周りの動きは鈍くからっきし元気が出ない。2018年は完全にジャカルタを留守にしたわけだがその1年の間に2017年の始めには何も感ずる事もなく、予想だにもさせなかったラスナサイドが大変わりである。
Lrt_rasuna_kpk

ここは元々スティヨソ知事時代のモノレールを走らせる積りで支柱のベトンが今でも立っているが、これを利用することもなく新規にLRTを走らせる計画が進み今年には開通する程の驚きの早さなのである。
Pb130053
Detikから借用した写真は昨年11月であるがここのベトンは道の中央にあったので取り払われている。その前はこのとおり。 奥に見えるビルKPKは旧KPKである。

この道はジャカルタトップクラスの渋滞道路で小生はどうせあまり使われないバスウエーの道幅を中央分離帯を外し自由にUターンも出来、バスと共にも利用できる道にすべきだと思っていたことがある。

Mampang_underpass

今ここにLRTが出来るといずれ緩和には役立つがすぐの渋滞解消にはならないのが残念だ。しかし渋滞のガンであったガトットスブロト通りとの交差するマンパンの高速道路にはアンダーパスも開通しており画期的だ。このラスナを通る高速は既に完成まじかの南は遠くボゴールのチブブールから、そして東はブカシからやって来るLRTがここを通り抜けスデイルマン(ドゥクアタス)から空港に向かう路線を構成するものである。しかし小生にはCawangからどうつなぐのかまだ知らない。

14jan2014

そして昨日時間を取ったのはMDタワーの前はラスナサイドに面して建つビルで現在はMulia アトリウム、その前はTeLekomselであるがここに立派なレストランがあり何度か行った思い出があるのだが、これは記憶にも記録にもネットにも完全になくなっていたことだ。レストランの盛衰も早く激しいものがある。
20190306_8
このMuliaのビルはGoogleには表示がなくたまたまビルの看板のロゴから判別できたわけだがこのビルの裏にMDがありその間に小さな運河がある。このムリアのビルの正面写真を探したがこれは後ろからだろう。 新KPKのビルが遠くにみえるからである。これら三つのビルの位置は下の通りである。ロイヤルホテルの屋上からである。


20190308_1

|

« PunjabiのMDプロダクション | トップページ | Jakob Oetamaのコンパス »

インドネシア政治・社会・経済の動き」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« PunjabiのMDプロダクション | トップページ | Jakob Oetamaのコンパス »