2017年3月19日 (日)

ゴーグルでお墓詣り

昨日、お彼岸のお墓詣りをした。と言っても九州は遠くGoogleしただけであった。 
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お墓は福岡の筑後と八女をまたぐ耳納山脈の中腹にある。昔は本当に山の中であったが、いつの間にか立派な公園、名前も吉井百年公園流水プールという公園が出来ており、

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明るい場所になっており、そこから筑後平野を見渡せる。
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数年前行った時は桜も満開のいい時であった。小学生時代 6年ほど過ごしたこの山道、災害にも見舞われず平和にたたずんでいた。この道は自動車でも行けgooglで山頂を目指した

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が行けども行けども暗い山林道で途中でやめたが山頂は800メートル強である。そこはもう八女郡で星野氏が構えた山城跡が残っている。一応先祖だという。
それにしてもここまでカメラを回したgoogle mapには感心する。(山頂と見晴らしの写真はgoogleより借用、その他は5年前)


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2017年3月 7日 (火)

日本人のすごさ

久生十蘭の「内地によろしく」という戦中小説をよんだ。あの時代日本人は国策によってこのようだったのかと小生は畏れるものがあった。十蘭は誇張法とか技巧を駆使する作家でその文体と豊富な語彙でひきつけるものがあり、2回も拾い読みした。彼の語彙や言いまわしを使ってこの小説を紹介しよう。

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ある従軍画家が占領した最南端の戦地から一時日本に帰る時言われた「内地によろしく」と言う言葉は、彼が望んで再度訪れた「懐かしい戦地」から、最後は船で日本に戻る「私」(誰か不明)に言う言葉になり、彼は密集する敵襲撃の爆風のなか布をふっていた姿で、玉砕を暗示している。この前線は鳳梨やパパヤの刺身を食い「鬼がコメを食うかい!」と何苦楚と、力む正に仙境である。毎日の爆撃に焼かれた荒野では「マラリヤもデングもなくて昼寝かな」と句を詠み、戦争をし乍ら自己を磨く。豪宕・健骨の逞しさも日本の風物の潔癖さへ懐郷し、初雪を目玉が風邪を引くほど見たいと思い、山川をさすりたい程の愛情を感じる。
テニアン、サイパンも落ち、秋になれば葉が落ちるほどの自然さで、桜が咲く迄生きているか分からない中、出港の精神と自分の位牌を抱いて飄々と神の国に遊び、自分の勇気に気づいてない日本人の生地のすごさを讃えている。日本人のあの人情もあの親切も戦場なれば、。。。。。。。あの時代だからこそと思えるが、島国日本人は情に脆く、騙されやすく、又大勢に付きやすいのではないかと今を危ぶむ気持ちも沸いた。掲げた戦争画はこの文章とは関係ない。

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2017年3月 4日 (土)

Googleの毎日

今日、頭の中にドイツ時代の酒場の歌が湧き出ています。昨夜Youtubeのトリンクリーデル 全60曲を聞いていたからである。
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ドイツに行ったのは67年の2月でちょうどカーニバルの季節でした。その足でボッパルトのゲーテ・インスティチュートに行き下宿生活、そしてそのふもとのワインケラーなどでよくドイツの歌を聞いたものです。有名どころはEin Prositから、So Ein Tag、Schon ist die Jugend、Trink,trink, bruderlein trinkなど、矢継ぎ早に出てきます。またそのころのポップはHeintzeのMamaとかTom JonesのDelilah或いはPerter AlexanderのLast WalzeやUdo JurgensのMerci Cheriが思いだされバンドではJames LastやボーカルではCandidaなどで、YouTubeが飽きると次はGoogle Mapです。そのBoppardのGoetheを探したのですが、なぜかBoppardにはなく今はこれがBonnに移っているのではないかと思われます。Dusseldorfでは 会社のCorneliusから 住んでたアパートを探します。Bahnhofの裏側からずっとたどってその住所Wickenwegを見つけました。大きな3階建ての3家族用アパートでうちが1階で裏庭もありここで皆でバーベキューパーティなどをやった、その思い出のままに50年前のこの家があり、感激しました。50年前の写真もアップできるかな

PS
1.Tom Jonesは英国人故外して代わりに楽団Kai Walnerを入れよう。James Lastの兄である。
2.Boppard校は通貨危機後学生数減で閉鎖とのこと。あの頃日本人だけでも6人もいた。


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2017年1月 5日 (木)

今年は火の鳥

今年の干支は「丁酉」らしい。この読みは「ひのと・とり」であるが、5行陰陽(十干?)と12支の組み合わせであるが、12支はわかるが十干は「木、火、土、金、水」の五行それぞれに兄(え)/ 陽と弟(と)/陰に分け例えば木の陽は木の兄(きのえ)と木の弟(きのと)とすれば10個出来、それに「甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸」の漢字を当てている。だから丁は4番目で火の弟(ひのと)である。
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つまり今年は「火の鳥」になるが、たまたまテレビで手塚治虫氏の漫画「火の鳥」の論評番組にチャンネルが会った。小生にとっては恥ずかしながらこの「火の鳥」は記憶にもない。多分学生時代は漫画忌諱時代であり、その後は日本の外を向いていたためであろう。テレビの各氏の論評に実感がなく、早速サイトで購入を検討した。「火の鳥」は手塚治虫氏のライフワークで1954年から始まり氏の没年1990年まで漫画、映画、舞台などで続いたストーリーで講談社の全集で言えば386巻、それが例えば黎明編、ギリシャ編、鳳凰編、復活編、乱世、望郷。。と20巻近くに展開され、世界・日本の歴史の題材を用い、過去と未来を絡ませ、宇宙の中の運命の輪廻を描くとでもいうのか、あとは買って読むしかないがアマゾンでは1冊790円で、なぜか発送は1月15日から2月5日迄と確約されていない状態である。ヤフーオクにもあったが古本だったので400円程度で入れてみた。こちらもいつになるやら、これは火の鳥の年の現象なのだろうか。


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2017年1月 2日 (月)

行徳物語 その7 豊受神社

2017年も何もしなくても蕎麦が出て来、一寝入りの後、御節とお屠蘇も出てきて、迎えることはできた。フェースブログに賀状をアップすると画像が逆さまになる。生まれて初めてのことであった。
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諦めて初参りに行く。
近くで一番大きいお寺が徳願寺、ここでふるまいの般若湯を頂き、そこから100メートルの豊受神社に回りお神酒を頂く。豊受姫は食べ物の神だそうだが、食べ物だけは今のところ不足はない。引いたおみくじは小吉で、“ひとかたに なびくと見せて青やぎの ゆくえ定めぬ ひと心かな” とある。いろごとになびくこともあるまいと思う。

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おみきの上撰で上機嫌と言うところで賀状いくつかをメールで送ることにした。この神明社は徳を行う法印様が一説1527年に建立したといわれ、この地の300あるといわれるお寺で一番由緒のあるお寺である。


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2017年1月 1日 (日)

つづき

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「2017.docx」をダウンロード

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あけましておめでとうございます。

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2016年12月21日 (水)

銀座のこんぱる笑座

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友人と3軒目の梯子にこんぱる座に向かった。銀座8丁目で江戸時代、能の金春家があった通りだという。笑座 とはShow The Konparuと言うショー・レストランで若い美女美男が踊りのショーを息付く暇もなく繰り広げるのもで、小さいが複雑にセリ動くステージの動きに息をのむ。スタッフ達のきびきびしたサービスの動きにも感心したが、料理も酒も料金もすべてありがたい感激ものである。
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かぶりつきに座れば失神ものかもしれないが、はとバス観光の客が占めているようだ。ショーの間はカメラはダメだそうだが、最後の挨拶・交流タイムはOKで、アップして下さいとの挨拶もあったのでブログにアップした次第。ビールは飲み放題だったそうでよくサイトを読んでいけばよかったが、今度は一軒目に行くとしよう。写真は1枚サイトから借用


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2016年12月20日 (火)

機械文明批判は100年前から

先般のモダンタイムスと言えばチャップリンの映画で、それは機械文明批判でもあった。工場での機械優先、人間無視の操業やその果てはそれがその後の独裁者の戦争につながった。ちょうど今日もまた機械の反乱に会い仕事はやめて気休めのブログに走るきっかけとなる。一つはエプソンのプリンター、先代のプリンターの反乱に会い買い換えた代物だがスキャン指示に運ともスンとも言わない。NECの軽量パソコンもそうだ。基本はDファイルがないため外付けSeagate 1TBを持ち歩かないといけない、その上Window10 で過去のアプリが使えなく用意されたものを探すのは時間を浪費している。本当に昔はよかったと思う。 世の中はどんどん変わっていくが、新しいものは必ずしも進歩ではない。人間の生命は高々100年、自然や物に死滅はない。だからこそ人間一人一人は歴史をしり、歴史の中で亡くなっていった人の心を大事にすることが必要だろう。 昔の心を知ってこそ残された物を利用することが出来初めて進歩と言える。

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2016年12月 9日 (金)

IKKOさんから赤坂食べゴロ

小春日和に誘われて久しぶり東京散策に出かけた。主目的はルピアの両替であるが、昨日は0.000838で現地で両替するより有利なレートがここ表参道6丁目にある。

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そこに向かう骨董通りでIkkoさんに出会った。彼女?は家内と旧友とでもであったかの如き握手シーンがあったが亭主のシャッターは遅くむしろ失敗作となった。六本木から表参道に戻るのは飽きた道なのでタクシーで赤坂サカスに向かった。時にはタクシーもいいもので、運転手さんのお上りさんと勘違いしての景色の解説など優しい人だった。油麺でも食べるつもりであったがそこから一ツ木通りを下り見附でまた例の 「開いててよかった磯丸水産」の凛々しいOOさんにサザエなど焼いてもらって一杯、

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其のあと近くでハイボールバー「モダンタイムス 1923」を見かけたがここは夜から朝まで開いている店だ。チャップリンのモダンタイムスは1936年封切りだから何が1923年なんだろうか。それは夜でも行かないと調べられない。


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