2017年2月14日 (火)

ビダカラ ホテルで意欲

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DKI市長選の最後のパネルディスカッションがホテル ビダカラで行われた。ガトットスブロトのディルガンタラの塔の先にある豪壮な建物群(手前のビルは化粧品のムスティカラトゥ)は昔探検に行ったことがあるが、コンクリートと大理石の重厚な壁に阻まれて成果はなかったが、
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今よく調べてみるとこのホテルは正面のビルではなく全体で4っつ位のビルの中で後ろの方にある。正面の大通りのガットットスブロトにあるのがMenara Bidakara1で、その横の道Rasamalaで左の奥に入って行くとMenara Bidakara2があり さらにBinasentra(medical Center?)を超えて右のDeposito 通りに入りその先にまた右に折れる道tabanas通りがありその角地を占めるところにBidakara Hotelがある。写真では二つのMenaraの奥に少し見える。 Menaraはオフイスビルであり或いはAssembly Hall BirawaやAuditorium Binakarna 更にリテールのA-Pointや展示場などが入っている。
これだけの設備を持って名前を隠して活動しているロープロフイルなグループとはどこだろうかと足掛け2日間探し廻った結果、それはBIのyayasanであることが解った。中銀役人の年金などが投入されているのであろうか このコンプレックスは1996年完工しており、174室の4-スターとしてPT. Mekar Prana Indahが保有している。

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ホテルの経営は現在Mochamad Soleh氏が前面に立ち運営しているが詳細不詳ながらバンドンのサボイホテルも買収しスラバヤを含めビダカラ色 を打ち出している。名称もジャカルタはHotel Bidakara Grand Pancoran Jakarta、
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バンドンはHotel Bidakara Grand Savoy Homman BandungそしてスラバヤはHotel Bidakara Fancy Tunjungan Surabayaと改称し今後もPadang, Bogor , Bali、またJakartaに増設計画がある。昔利用したサボイの写真はきれいだが借用したレストランの風景に記憶はない。


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2017年1月10日 (火)

Essence ダルマワンサ Buntu

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ジャカルタは南からブロックM方面に戻るときはアンタサリ通りを北上するがそのクマンヴィレッジ辺りで左折しダルマワンサに向かう道の左手に大きなコンドミ群と出会う。入口には守衛が立ち、自動的に右手に排除されるが正門にはEssence Apartmentと表示され30階建てのビルが2棟、すぐ後ろに同様2棟、左手に同様高層のホテルが2棟がある。このオーナーが不明で撮った写真の使いようがなかったが、かろうじてデベロッパーはPT Prakarsa Semesta Alamとは分かった。更に親会社はSALIGADING BERSAMAであり Harxxとか関係ありそうだがそれ以上はわからない。何故隠すのかよくわからない。
ただこの物件の開発思想はあのフランク・ロイド・ライトの哲学に学んだようで色々ファシリティも十分で環境も良い。そういえばアンタサリ通りの北はプラパンチャラヤでクマンに曲がる所から名前が変わるのかと思ったがプラパンチャラヤはそこで途切れず右に添っていく道になる。昔そこらあたりがジャカルタの開発南端だと思っていたのでみどりは多い。たしかPrapanca Buntu(行きどまりの意味)と言う地区名を覚えている。

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2016年12月31日 (土)

最後のスーパーブロック

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だいぶ昔にキャッチしていた建設計画であるが、ポドモログループの SOHO コンプレックスであるが掲げた写真でも今年の1月のもの故既に1年、ここでSOHOの看板を掲げている最中であるのでもう完成していると思う。

正式にはSOHO @ Podomoro City Complexであるが、S.パルマン通りで既に完成した同じAPLグループのCentral Park MallのあるPodomoro Cityと地続きの北である。

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つまりは全体でPodomoro Cityとなる。既に今のCentral ParkのあたりにSOGOデパート、プルマン・ホテル、ポドモロ大学などもあり完成の写真では中央から右側である。ここ2.3HaにCentral Park Mallのextension MallとしてNeo Soho Mallをeco skywalkでつなぎ 40階のオフイスタワーSOHO Capitalや多くのアパート群に囲まれているジャカルタ最大で最後のスーパーブロックである。年末・年始のブログを飾ることにしよう。

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2016年12月30日 (金)

奇抜すぎるPERURI 88

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このビルの計画もだいぶ前に発表されていたものであるがPERURI タワーとでも言おうか、このPERURIと言う名前はインドネシアの造幣局のことで、なんとなく関心があったのでブログ「造幣局Peruri の茅屋」にもしたことがある。その上ブロックMに行くときに見掛ける古い官舎の赤レンガ屋根の建物の行方にも関心があった。ここはファラテハン側が表でそちらの正門の方に造幣局のいかめしい古い建物があった。この計画書をよく見るとこの造幣局の建物は保存されることになっている。後先になったが現在の造幣局は既にカラワンに移っていて、壮大な施設を誇っている。やはり紙幣を印刷するのはだいぶ儲かるのであろう。ところでPERURI タワーはこの奇抜・斬新な設計が売り物で、オランダの設計グループMVRDVによるものでパートナーシップを作って完成していくもののようである。建築はWijaya Karya-Benhil Propertyとある。


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88階建てのVertical Cityと言うコンセプトである。下からショッピングモール、オフイス、住宅、ホテル、IMAX、結婚式場などを擁しているが空中エスカレーターがつなぐ施設や空中に張り出したテラスハウス、縦横な中庭Patioには多くの樹木が植えられた全体でグリーンエコを演出している。ただいつになるか、小生には無理だろう。
タワーの写真はSkyscraperより。


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2016年11月28日 (月)

教師の日のDon Bosco

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昨25日はPGRI教師の日、テレビを見ているとき LippoグループがDon Boscoを手放すという字句が出ていた。Don Boscoと言えば学校の名前にあるのでLippoが保有している学校経営を手放すのかと思ったがこのDon Boscoと言うのはLippoが経営するBerita SatuテレビやJakarta Globe誌などのRedaksiの会長の人の名前で正確にはDon Bosco Sulamunで編集局の長であった。彼はBeritaSatuの刷新・誕生から5年間Lippoグループに身を置き、ニュース討論などをリードした重鎮で今やBrita Satuをそれこそ第1のニュースソースTVとした実績がある。
Don Boscoの名前を冠した学校はジャカルタでもCilandakやPulo Masで見掛けるが25Don Boscoと言う名前は 19世紀イタリアの牧師で良心と友好の模範となる若人に奉仕するコングリゲーションを創設した聖Giovanni Melchiorre Boscoである。世界の教育界にこの名前の施設も多く多分文化・文芸の職人を目指すものであろう。


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2016年10月24日 (月)

ジャカルタに住む 不動産数題

外国人も住宅を購入できるようになり、また最近その条件の一つの最低価格も引き下げられた。外国人の住宅所有は80年間の使用権として認められるものであるが80年の生きる人はいないし売却すれば何も所有権に劣る価格になるわけでもない。そんな投資ということは考えなくとも、日本の価格と同じだけ出せば豪華でサービスの行き届いた生活をエンジョイできるわけでそこに価値がある。

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権利落ちの小生も写真を見ながら生きる力を得ている。たまたまキャッチしたのはKeppelLandが開発中のアパートで飛行場に近いKosanbiのWest Vistaである。このグループはシンガポールの開発業者であるが、

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ジャカルタの中央通りスディルマンにもInternational Financial Centerを建設した。他に昔このブログで取り上げたこともあるCakungのJakarta Garden Cityというコンドミもある。こちらの方がジャカルタ東部の工業団地勤務の日本人には便利かもしれない。このブカシ地方の工業団地勤務者は通勤渋滞で今やジャカルタに住む人は少なくなっているようで、町も大発展している。そしてジャカルタ日本人会では日本人学校もこの東部に分校を作る話が動き出している。そうなるとJJCも支部となることが想起されるがせいぜい部会がいいのだろうと思われる。


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2016年10月 5日 (水)

Mercu Buana大学

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ジャカルタの東部でMPU Tantular大学が設立されたころ西部でMercu Buana大学が設立された。Mercu Buanaと言えばスハルト元大統領の義弟プロボステジョのグループでありこの大学もそうだったし、氏は1930年生まれなのでまだ元気である。今までの関わり合いは知らないがこの大学はキャンパスをいくつも持ち拡大している。現在 4っつのキャンパス27,000人の学生を教育している。でジャカルタ近辺で以下のキャンパスがあり、プロボさんはジョクジャにも別の大学を持っている。

Aキャンパス:Meruya、JakartaBarat
B キャンパス:Menteng, Jakarta Pusat
C キャンパス:Depok, Jawa Barat
D キャンパス:Jl. Raya Kranggan No.6, Jatiraden, Bekasi Barat

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上のBキャンパスはGedung Joang 45の隣にあり、昔、ここはプロボさんのGMグループの総代理店が保有しGarmakビルと言われていて、大きな中華料理店もあり、直径7メートル位の丸テーブルで、中国からのお歴々が来訪したこともある。これだけ大きい丸テーブルは回転するものではなく中央は生け花であった。レストランの栄枯盛衰は空しい。

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2016年10月 4日 (火)

Asuransi ASEIとは


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ホテル・ミレニアムの前にある教会のJati Baru通りの向こう側にも昔、古い建物があったが、いつの間にか取り壊され、新しいビルになっている。

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新しいビルは国営保険会社の名前が表示されている。前の建物も取り交わし何になったかは撮った写真に何も表示されてなく、調べた住所だけでは昔の建物の何かまではわからず仕舞いであった。
現在のビルのAsuransi Aseiは、生まれは1985年でAsuransi Expor Indonesia(Persero)(インドネシア輸出保険公社)と言うから、日本で言う貿易保険(輸出信用、非常リスク保険)である。その後再保険の機能を持たされ通称ASEI Reと言われていたが、保険自体はこのAsuransi ASEIが子会社として設立された。 ASEI ReはPT Reasuransi Indonesia Utama (Re Indonesia)と改称、同じ機能を持つ国営保険を吸収合併した。(若干諸説あり)
それは年間20兆にもなる再保険料の対外支払いを削減するための強化策であった。

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2016年9月19日 (月)

Royal Kuningan HotelとJJCセミナー・懇親会案内

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いつの間に、こんな所、と思っていたホテルがなぜかJJCが使うホテルになっていたので調べてみたがホテルはどこも同じようにバックが解らない。こんな所というのはラスナサイド通りの下りの下水処理場に向かう運河を超えたところである。

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但しこちら側は20年前から回転レストやディスコ迄進出したMenara Imperiumビル先鞭を付けた職住近接地区なので辺鄙ではない。Imperiumの左がAllianz、そしてさらに左に新KPKビル、そして一番端の水処理場近くがRoyal Keninganである。ホテルのサイトでは1,050であるが、ネットブッキングすれば5千円台であるので真面目である。他に解ったことは2012年オープンで4 Starである。JJCの案内は経済産業省中部経済産業局主催の中部地域「インドネシア環境ビジネスミッション」との懇親会のご案内で進出日系企業と環境技術を有する中部地域の企業との懇親会である。■日時:2016年10月5日(水)18:00~20:00(受付 17:30~)日本からの参加は:水処理、水浄化、廃棄物再利用技術を有する中部地域の企業6社とあるのでこのホテルとの関連は少しあることになる。ついでに事務局は公益財団法人国際環境技術移転センター(ICETT)黒田直子(yumiba@icett.or.jp)を付記しておこう。

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2016年9月12日 (月)

ウェスティン ラスナ

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米国スターウッド・ホテル・アンド・リゾートの高所得層向けホテルブランドのウェスティンホテルがラスナサイドに開業したニュースがあった。このジャカルタ一番となる高さのビルについては建設段階でも「最高となるCemindo Tower Fresco Bar」としてこのブログで紹介した。

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当時建設中はRasna Towerとも仮称されて、情報も限られていたが今でもよくわからない。このビルはGAMA CorpのWahana Nusantaraが保有しGama Towerとも言う。高さ308(297とも)メートルで現在のW.BNIの265メートルを抜く。 コントラクターはTatamulia,プロジェクトマネージャーはSamusungと出ていた。 50階から最上階69階がホテルである。51階と68階にレストラン、68階のは日本とペルーの結婚メニュ-とか意味不明、67階バー、69階ファンクションルーム、 広さは48m2スタンダード、全272ルームで1,100m2(1,500人)のボールルームもある。 一度Rp2,238,000で泊まってみると良い。何か解るかも知れない


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