2019年1月12日 (土)

イントラコ・ペンタさん

重機販売イントラコ、今年の販売目標2 5 % 増というタイトルが目に入った。イントラコはボルボの販売代理店をやっている建設重機械の中堅であることは知っているがそれ以上は知らないので最近の業界の動きと共に情報を集めてみよう。イントラコは正式にはIntraco Penta Tbkと言い1970年設立の古い会社で創業は現在会長のHalex Halimで1993年に上場し次世代のPetrus Halimが社長或いは南加大のエリート娘さんが副会長をやっている。
業界全体の扱いは2012年の約8,000台をピークに2015は3500台に落ち込み16年17年は4,000台内外で低迷した中、イントラコも2017年は786台(2018年900台)で健闘したものの赤字を余儀なくされていた。2019年以降石炭価格の持ち直しと5年の購買サイクルに乗れるとみている。VOLVOの他にSDLG ブランド、或いは子会社を通じてBobcatやDoosanを扱う他、火力発電事業もある。こういう会社でも営業報告書など立派できっちり報告されており、役員一同青と緑が基調のバティックの正装には感じ入る所がある。
別を見ていたら茶色系のバティックもあり。少し手を入れて全部まとめたがアップしてもいいだろうか ぜひ営業報告書で拡大してみてほしい。

Intraco_penta_bos2_dari_llapolan__2


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2019年1月10日 (木)

Metlandの本当の力

何度か登場させたMetlandはPT Metropolitan Development (MD)を源とする。この会社の設立者はCiputra以下7人の事業家でこのブログでも出て来た: Ir. Ismail Sofyan, Ir. Budi Brasaliが居た。(彼らの次世代がMurdayaの所有することとなったポンドクインダーの役員か)がPT.MetropolitanDevelopmentは1983年?上場し子会社PT Metropolitan Landを設立したのが1994年である。

Grand_metro_bekasi_3_2

我々に一番目に付くプロジェクトはCikampek高速傍に立ち上がったGrand Metropolitanであるが、実際はBekasi Barat料金所を出てすぐのKali Malang添いのNoer Ali 通りと繋がっており、

Grand_galaxt_park_bekasi_11

そこは彼らの本拠地みたいにMal MetropolitanやHotel Horison Bekasi等が並んで開発されていたのである。写真には写ってないがここの高層オフイスビル M Gold Towerに本社構えている。
住宅地としてはKeppelの関連で既にこの12月30日と1月5日に紹介したThe Riviera at Puri(Tangerang)やMeltand Menteng(Cakung)があるが、その他にも

Cyber_city

Metland Cyber City、Metland Tambung、


Meltand_cibitung

Metland Cibitung、Metland Puri、

Metland Transyogi(Cibubur)、Metland Cileungsiなど
Metland_transyogi44b

9ケ所がプロットされている。 こうした住宅地にはMalや Hotelも併設され、HotelはHorizonの他いくつかのブランドで各地に展開している。以上羅列すると簡単であるが、一つ一つの規模は、ご覧の通り、完成予想図なのか凄いものがある。


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2019年1月 5日 (土)

1st Keppel Land/Metlandと Garden City

River_at_puri

KeppelとMetlandのタイアップは2回目とあったので1回目が気になったが、ニュースではタンゲランのThe Riviera at Puriというものであった。最初の提携物件Keppelのペイジで確認して見ることにした。
Kepplelandの物件は過去も洗っているがhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-9e2a.html、不審の点もあったからだ。 ホームペイジにはまず住宅で2件、一つは確かにMetlandとのタイアップのThe Riviera at Puriと言う住宅地でタンゲランである。ここは高速のGT(料金所)で言えばKarang Tengah Baratに近くMetland Cyber City, Tangerang などの副称もある。
Keppel_purivist

二つ目はThe Crestという西ジャカルタの上の物件に言うPuri Indahにある高層アパートで副称がWest Vista at PuriとCROWN OF THE WESTなどと言う。名称に思い切りがなく明確さを欠くようだ。Puriとあるが実際はPuriの北のGTで言えばRawa Buayaである。

Ifcjakarta_intro

後はスディルマンのInternational Financial Centreくらいでこれらは昔(2014年)紹介した通りであるがGarden Cityは触れられてない。別のニュース・ソースで解ったことだが、Keppelは2013年にこのGarden City物件を売却しているのだ。それによるとKeppelは元々Modernlandと51:49で2004年から開発してきたようでその51%をModernに約2.2兆ルピアで売却したということだった。それまでに既に93%の1,287戸は売却した後であり、シンガポールの企業の素早さが解る。

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2018年12月30日 (日)

2nd Keppel Land/Metlandと2ndイオン

Gardencity
イオンが2番目の店をオープンしたのは東ジャカルタ、チャクン地区のGarden Cityでそこはシンガポールの大手不動産開発会社のKeppelがやっていたのは記憶にある。最近のニュースで “Keppel Land, Metland in second tie-up for Jakarta residential project” と言うものがあり気になったがソースはshareinvestor.comの12/18付けであったが有料ペイジであった。独占ニュースでもなさそうなので他所を当たると、ちゃんと出ていたので、ここにアップするわけだが今度のプロジェクト内容は東ジャカルタのMetland Menteng地区の12haの住宅開発とある。
Images
イオンの建築した土地と同地区なので2番煎じニュースではないかと腑に落ちない。イオンについてのマイブログは2014年6月16日「イオン ガーデン・シティ」http://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-f13b.htmlでそれは確かにKeppelがやっていたものであるがその時、KeppelのGarden CityとMetlandのMetland Mentengが、同じところに大広告板を建てていたので既に提携していたものとばかり思っていたからだ。実際はこの二つは隣あっておりこの近さが今回の提携の話として結実したもののようだ。
Metland_menteng
場所を確認するとCakung TimurのGarden Cityは東に一つ筋を移せばそこがMetland MentengでBekasiとなる。更に隣は既にブログしたKota Harapan Indahhttp://jakartan.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/harapanindah-ed.htmlという2,500haのタウンシップがある。この3社の間はホンの2㎞程度でイオンの後背地は大消費市場の住宅地なのであった。だからショッピングモールもCarrfourもGiantもあり競争も激化してい居る。
今日は年末つごもりであるが日イ星登場と言うことで勘弁願う。

Damai_putra_kota_harapan_indah11420

現代企業・人物フーズフー | | コメント (0)

2018年12月25日 (火)

東急不動産の案件 その2 ブランズ

Bsd_branzpng
昨日に続き3番目(グループとしては12件目か)

3. タンゲラン/セルポン、BSD BRANZ、タワーマンショ3棟(1,256戸)、三菱商事と
共同、全体で5.3ha、3,000戸の第1期分、上棟販売中、2017年8月14日に「日系建設の槌音高し」でブログ済 インドネシアのブランズ第1号物件
管理業務は、東急コミュニティーなどが設立した東急プロパティマネジメントインドネシアが行う。日系不動産開発会社が現地で分譲物件の管理を行うのは初めてという。


Branz_simatupang

 4 ジャカルタ南部シマトパン、Branz Simatupang、マンション2棟総戸数381戸、
敷地約1.5ha、インドネシアで初めて開発・設計・施工すべてを日系企業で推進
する分譲マンション事業、大林組が施工


Megakuningan
5. ジャカルタ中心クニンガン、複合施設メガクニンガン・プロジェクト、マンションの分譲棟は45 階建て(総戸数は482 戸)と賃貸棟は32 階建て(240 戸)の2棟、敷地は1.1ha、商業施設は2フロアで、延べ床面積は3,000 平方メートル、11 店と入居者利便性を考慮した小ぶり。マンションは2019年1月からの販売の為マーケテイングギャラリーをオープン、来年に着工、全体は2022 年に完工予定。
   総事業費は約200 億円で日本の海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)から
最大65億円の出資。
場所はMega KeninganであるからSatrio通りからもR.Said通りからもいけるが日本人は行ったことがないであろう。それよりもGatot Subroto通りの新築ビルCentinnel横の有名なモスクBaitul Mughuni横のGuru Mughuni通りに入り少し行くとPerintis通りの角地にでる。現在こんな所に150x200メートルもの空き地があったとは驚きである。よく探したものだ。Joinが便利な交通便を作ってくれるのだろうか


Botanical
6. 西ジャカルタ・プリ地区プリボタニカル、Branz Puri Botanical Apartemen、35階建 て2 棟計608戸・敷地1.14ha、3件目のBranz、販売開始したばかり、22 年の引き渡しを予定、当初は住商と共同発表、PuribotanicalはJORR沿いのJoglo地区(Meruya。Kebon Jerukの南部)で1-1のパートナーであるJDC保有の住宅開発地のCopylasと同じと思われる。


*現地メディアのスペル誤り集

Branz Puri Botanical Apartemen Terbaru Jakarta Barat by Tokyo Land
Developer: Tokyo Land Indonesia
Management: Tokyo Property Management Indonesia (subsidiary Tokyo Community Corporation, yang merupakan No.1 perusahaan property management di Jepang,


東急不動産のサイトからの写真を借用したが、こうして全てを見るとTokyo LandからJakarta Landと改名するのかなと思う。
しかしこうしてはいられない。土曜日の突然の火山性津波で犠牲となられた方に哀悼を捧げたい。
RIP for the victims Tsunami Sunda Strait


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2018年12月22日 (土)

東急不動産の案件 その1

つい先日 NNAの報道で、「東急不動産の分譲マンション、来年1月販売」のタイトルで販売用マーケティングギャラリーのお披露目をした話を知った。日系の不動産開発案件は目白押しでもう7ケ月も前の5月に「最近の日系不動産の動き」でまとめたことがあるが、中心はJOINが参画する案件でそれも郊外型TODとしたので、インドネシア進出の日系不動産としては最大の東急不動産は漏れてしまった。再度手始めに行単位の関連ニュースを拾うと以下の通り多数あり若干混乱する。
2018
12/18:東急不動産の分譲マンション、来年1月販売
10/31:東急不動産、西ジャカルタでも「ブランズ」建設へ、35階建て2棟計608戸。
08/01:東急不動産、ブランズBSD第1期完成。
03/19:東急不動産、住商らと西ジャカルタでマンション2棟建設へ。
2017
12/22:東急不動産、JOINとジャカルタクニンガンでマンション+商業施設開発
11/30:東急不動産、ブランズ・シマトゥパン上棟式、来年末の引き渡し目指す。
07/12:東急不動産・三菱商事、戸数1,256戸、BSD BRANZタワーマンション 上棟
2016
03/04:東急不動産、日系初の単独開発分譲マンション、南ジャカルタで着工。
2015
08/05: 東急不動産とトヨタホーム、ブカシで大規模分譲地の街開き=19年度まで販売目標
Skygarden1
この他にも小生が昔住んでいたタウンハウスがいつの間にか高層マンションになった話はブログで紹介したことがある。上記のニュースでは計画から販売まで長期間となり、且つ名称とロケーションが不明確なため混乱するのであるが、その上現地のメディアがTokyuをTokyo Landとするのがあるからその訂正を兼ねて場所名称、形状などを古い順にリスト化してみよう。


1. ジャカルタ中心スティアブディ Setiabudi Skygarden 高層3棟、内1はサービス
    アパート(Fraser担当)、JDCなどとパートナー、2012着工、運営中
2. ベカシ市(チムール) Sakura Regency 3, 敷地11.2haで戸建て分譲、全483戸、
    孫会社HAKA社とトヨタホームと共同開発、トヨタは114戸担当、分譲中


Sakura

HAKA社は1975年設立でその後投資法規の緩和もあり東急不動産の現地会社T.Tokyu Land Indonesiaの子
会社となっているが相当な実績を有し小生も現役時代お付き合い願ったものである。長くなるので以下は続きとしよう。


Sky_garden2


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2018年12月20日 (木)

ポンドク・インダー・ストーリー

最近のマイ・ブログで、インド・タイセイの工業団地や各地のタウンシップ以来、気になる場所がポンドック・インダーである。

Imageswfbyawax

ここのゴルフ場に行くこともなくなりいつの間に10数年忘れていたがその間に行ったのはポンドクインダー病院・診療所位であった。
その昔は当時最新・最大のモール・ポンドク・インダー(1991年オープン: 現在はメトロPIMとも)に何度も行くこと

Pim_2

があったしその先がプールでその先がゴルフ場であったし反対側の右手は荒地であったとしか記憶はないが
現在は右手は新たにPIM2が建設オープンしPIM1とPIM2との間はブリッジで繋がりその間の道はトンネル化されている。
Piwaterpark748x386
プールは大リノベされPIM3(Street Gallery)も出来ている。そしてその一帯に近づく手前は高層オフイスビル(Pondok Indah Office Tower I, II, III及び Pondok Indah Office Park)が林立している。
Pondokindah_apart

そしてここを通り抜けた一帯がポンドク・インダー高級住宅地である。それにPondok Indah Hotelや Pondok Indah Office Tower I, II,IIIも点在している。
80年代でもそれは東京の高級住宅を凌駕し我々もインドネシアの力を示すのに投資ゲストを連れて来たような存在であった。当時エリート地区と言われ富豪と外国人が住んでいた。日本人もお世話になり、日本レストなども流行っていた。
その昔は当時ゴム園とプランテーションの土地であったポンドク・ピナンの地区の、北はタナ・クシール墓地、南はチランダックターミナル、西はチプタート通りに囲まれた約460Haの広大なの住宅地の開発は1972年頃から始まり1976年にはオープンしていたが赴任していたころはサリムグループと丸紅との連携(?)事業と受け取っていた。事業体はMetropolitan Kentjana Tbk(MKPI:2009年上場)と言い総師 スドノ・サリムと友人達(Djuhar Sutanto、Ibrahim Risjad、Sudwikatmono)が作った会社である。
この中か或いはDKI市側に付いた男がチプトラである。彼はJayaグループで他に、Budi Brasali や Ismail Sofyanがいた。
スハルトが失脚した動乱を境目にサリムグループが叩きのめされその中でサリムグループはクンチャナの株を手放しそして現在も保有しているのがMurdana Pooである。現在のMKPIの役員の名前から保有者はMurdanaグループがトップ(監査役会長Dra. Siti Hartati Murdaya他)、そしてチプトラ・グループ(副会長 Ir. Ciputra)の他Ir. H. Ismail Sofyan やIwan Putra Brasaliの名前が上がっている。
この会社はBumi Serpong Damaiにも着手し、1983年にはPuri Indahも開発した。ポンドック・インダーの現在の住民は35,000人である。

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2018年12月18日 (火)

Green Bay Pluit居住テラスから大海へ

Green_bay_2


レガッタ・レジデンスの足元にはこれまた驚きのコンドミがあった。Green Bay Pluitと名前は昔聞いたことがあり、プルイットも変わるに変わったものだろうなと、その時見に行ったが、途中目的が変ってワドゥック(貯水湖沼)の方に行きそのまま食事などに行ったのでワドックも変わったが、それほどではないなとの印象で終わった。今、現実らしいこの写真を見て、これこそ究極の夢のリビング、と修飾の言葉もない。これはAgung Podomoroグループが開発している住宅地で12.5haの土地に16棟のコンドミとthe Baywalk @Green Bay Pluit、という55,000meのモールがあるスーパーブロック・ボタニカルシティ構想である。ここからはレガッタが右手の先に見える。
Green_bay_1
そしてその中心に高さ208メートルのタワー4棟(名前は Bahama、Belize、 Ibiza、Maldives) がたち、それは48階建てである。写真ではそのタワーの下は海の波を取り込んだ自然のビーチプールでそのまま泳いで大海にでも出れる感じである。しかしふと感じるとこんなにジャカルタ湾の水はきれいだったかなと言う疑問で有るが今となっては確かめることが出来ない。そういえばクマヨランのSpringhill Tower だったかそちらはテラスからそのまま空中遊泳ができそうな作りだったことを思いだす。

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2018年12月16日 (日)

Regattaでジャワ海に出征

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前から気になっていた高層マンション群があった。プルイットの沖に突き出た岬の先にあるレガッタというマンション群である。
レガッタというから帆船群を連想される写真である、ジャカルタに到着する時に必ず飛行機から見下ろして探していたがチャンスはなかった。今日それに出会ったのはMuara Baruと言う地域のSea Wallに穴が開き海水が陸に上がってきているニュースからであるが、そことは一つ湾を隔てたPantai Mutiaraと言う地区である。
Petalokasiapartemenregattapantaimut

この名前はそれこそ80年代からあった気がするし一度そこに出かけ海を見るところまで行ったことがあるがその時はそこは1軒1軒ヨットを係留できる個人用ドックを持った別荘的マリーナ型高級住宅であったので恐れをなして戻った記憶があるが、その後拡大されてその先にこの岬が造成されたのであろうか。
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確かに色々なアップされた写真を見るとレガッタは海との間の海岸道路を辿って行くとたどり着くようだ。そして2015年頃はアホック副知事がこのMutiaraに住んでいたことや華人の若い人の間でデートスポットにでもなっていたようだ。何人もの人が将来の夢を語りそして実現させここに住んでいるのであろう。レガッタは11haもありマンション10棟にホテルやその他諸設備を完備したコンプレックスである。いつごろからかは知らないがここの開発は1980年代でRegatta Residencesの開発はDharmala IntilandとPT Global Ekabuanaである。
このようなものを表す日本語はないし英語でも表現に困る。 レガッタの愛称は世界でも有名なリゾート地などでこの名前を冠したVillaがあり、このマンションからジャワ海を見下ろすのはあのタイタニック号の舷先に立つシーンを思い浮かべる。

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2018年12月12日 (水)

遷都Jonggolに踊る

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前回チプトラのTownshipを尋ねてチブブールの北のJonggol迄迫ったがこの都市の名前は大昔のスハルト時代に息子のバンバン氏がジャカルタ遷都構想で上げた地区名である。

ここはボゴールに属しJagorawi高速のCibuburから伸びて来た先のJonggol-Cileunsi通りを上って来たところにある。バンバンの打ち上げ話は記憶にあり、ついこの間まで記憶に明確を欠きタンゲランの方のJogloかなと思ってウロウロしたこともある。この構想は1997年であったが、チプトラのCitra Indahを始めたのも1997年であるので、触発されたのであろう。


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或いはそこに行く途中のHarvest CityなどもJonggolに近接していることが謳われているので多くの業者がうごいたのも事実だろう。 特にJonggol-Cileungsi 通り添いにあるMekarsari植物公園まわりはいい所だ。


Harvest

Harvest Cityは1,350haもあり、ブカシにも大手をかけた感じであるがGrup Suryamas Dutamakmurと Grup Duta Putra Mahkota 及びKalindolandの3社の開発業者の合弁がやっている。

只この先のSentulの方が発展しつつあるようだ。このJonggolはそうした高速やLRT交通線から20km近く離れているからである。

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